There could not be any right answer.

「答え知っています」という素振りのコンサルには注意。ただ、こういう素振りをするコンサルを作り出すのは、「答えを期待する」客の方だとも考えられる。
あるわけないやん!そんなもの!と思う。あるのは、こういう風に考えていけば、答えらしいものに近づけるのではないかな?といういくつかの考えであって、所謂、「妥当性」ってやつ。
いろんな会社を見ているからといって一つの「答え」を知っているわけではない。いろんな「事象」を知っているに過ぎない。
むしろ、いろんな事象を見ているから、「これはちょっと間違っているのでは?」という勘所が身につくことはあっても、「これが答え!」なんてありえない。じゃあコンサルじゃないやん、という風に考える人がいるなら、きっとそういう人は、コンサルを上手く使いこなすことが出来ないような気がする。最終的に失望と嫌悪しか残らない。コンサルは自分の考える器を広げるために使う。そういう前提で相手を見る。そういう風に使われることをなぜか喜ぶ。私のコンサル像はそういうものだということ。
そして、答えのためにお金を払うのは止めた方がいいのだと思う。あまりにも答えがはっきりしているもののためにお金を払いすぎてきた弊害かもしれないな。