Tough Choice-A Memoir

HP会長兼CEOを6年間勤めたCarly Fiorinaの回顧録。久しぶりにビジネスの本。「率直な人」という印象。
最もパワフルとされた女性CEOも、最初は

「この女は仕事ができるかどうか」と考えるのではなくて、「女だからどうせ大したことはない」とまず思われてしまう

と嘆く。

HPのCEOにヘッドハントされて見たHPの当時の現状を

誰も全体を見ていない。

全体観の喪失(おそらく細分化された仕事に起因)

知らないものに対する感情的な反応、既得権を失うことに対する本能的な抵抗は根強かった。

変化への抵抗(生物としての本能?)を挙げている。

著作の随所にちりばめられている彼女の「人間観」は、

人間は、誰かが自分の中に可能性を認めれば、自分もそれを伸ばそうとする

「ここは強みだから伸ばせ」という指導をしている上司はいったいどの程度いるのだろうか?

初めてのことに挑戦するときに怖じ気づかない人の方がむしろ珍しい

この前提で取り組むか?最初の事であっても失敗してはいけないと思って取り組むか?

自分が屈しなければ、人から貶められはしない

自分の軸があるかないかを説いている。

どんな人も自分の知っていることを教え、共有したがっている

専門家の満足感というものはここにあるのかもしれない。

人間や文化はときとして大きく違う。でも敬意を抱き、共感を持てれば、溝を少しは埋めることができる

「少しは」という表現に共感を感じる。そう、少しでも。

彼女が振り返る中で次第に気付いていく「人生観」には

成功とは外側から測るものではなくて、内側から見るものだったのである

他人の比較ではなく、自分でしか決められない。なんと言おうとも。

どう生きるかは選べるのだ。選ぶのをやめるのは、ゆっくりと死に始めることだ

身近に「死」というものがなければ、上の言葉は刺さりにくいかも。
たいていの人は年を取って体を壊して初めて、自らの死を意識していくのだろうから。

大学では歴史学科専攻という彼女は

歴史学者のアクトンは「権力は腐敗する」と

腐敗防止には外部規律が必要になるのか、必然的に。

歴史を学ぶというのは、結局は人間を学ぶことなのだ。それも何かを変えようとした人間を。

歴史は何もやっていない人を覚えてはくれないということか。失敗であろうと成功であろうと。

トップとしての思考法は

議論をするのは多角的な検討を加えるため

議論は「違う意見」が飛び交う機会。違うが当たり前の社会で発達するのは分かる。

ヘーゲルの弁証法〜テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼはビジネスでも応用している

仕事柄、敢えてお客さんにアンチテーゼをぶつける。でないと付加価値ないから。

未知の領域に踏み込もうとするときは、論理思考がとても大切だ

論理は説明のために必要となる。

上が下より高い給料をもらうのは、上の方が優秀だからではない。上の方が責任が重いからだ

だからこそ、責任とって意志決定しないと・・・。

「原因なくして数字なし」

数字を見て原因を探すのでなく、原因を修正して数字を変えるということ。
できあがってくる数字には原因があるのだから。少なくとも企業活動には。

最後に、トップとしてのコミュニケーションでの考え

どんな結果を招くことになっても真実を話す

トップとしては重要なんだろうかが、「保身」の度合いで決まる。

適切なコミュニケ−ションとは、明快な言葉を直接に伝えること、必ず書いたモノを用意することだと思う

「KY」とは対極の発想。どちらも大事なのかと。

質問をして相手に敬意を払い、答えを注意深く聞いて学ぶ

言っていることは平易だが、プライドが高い人には難しいのかも。